今までつらい思いをしてきた分、これからは幸せに過ごさせてあげたい―。そんな思いを胸に、保健所に保護された秋田犬を譲り受け、家族として迎え入れた夫婦がいる。米シアトルから秋田県大仙市に移住してきたジェイソン・ポラードさん(50)と森田良子さん(49)だ。日々、絆を強めながら、仲良く穏やかに暮らす家族を訪ねた。
同市大曲の市街地にある夫婦宅の引き戸を開けると、秋田犬「むぎ」(推定4歳)がひょっこり顔を見せた。玄関から続く廊下を先導するように歩き、リビングまで案内してくれた。むぎは初対面の記者にも緊張することなく、おだやかな表情を浮かべる。そんな様子を、ジェイソンさんと良子さんは優しくみつめている。
良子さんは千葉県出身。米国人のジェイソンさんとシアトルで暮らしていたが、両親が移住していた大仙市を気に入った。元々、日本に移住する計画があり、一昨年から夫婦で大仙に暮らすようになった。
動物好きの2人は「秋田に住むのなら秋田犬を飼おう」と考え、飼い主を募集している保護犬について情報を集め始めた。米国では、保護施設から犬や猫を引き取ることが日本よりも一般的なのだという。そうして出合ったのがむぎだった。
むぎは県北部の保健所に保護され、昨年1月に県動物愛護センター「ワンニャピアあきた」(秋田市)に収容された。センター職員は「ほえるなどの問題行動もない、天真らんまんな子だった」と回想する。
ジェイソンさんと良子さんはワンニャピアに何度か通ってむぎと触れ合った。最初は警戒心が強く「本当に家族に迎えても大丈夫かな」と心配になることもあったが、徐々に打ち解けた。同年3月、夫婦はむぎの新たな飼い主に決まった。
晴れてむぎと家族になったとはいえ、毎日が順風満帆だったわけではない。時にはこんなトラブルもあった。
むぎは川に入って遊ぶのが大好きだが、家に帰ると独特の川の臭いが室内に充満するのが夫婦の悩みだった。そこで、川の代わりに水を張った大きなタライを庭に置いて遊ばせてみることにした。
しかし、むぎの反応はいまひとつ。見かねたジェイソンさんがむぎを抱えてタライに入れると、しっぽがどんどん下がり、ついには走って外に逃げだしてしまった。
幸いにも家の近くで追いついたが、むぎはその場から動こうとしない。結局、ジェイソンさんが抱えて家に戻ったものの、むぎの機嫌は直らない。夫婦は「むぎが嫌がることをしてしまった」と反省したという。
それからは、むぎの気持ちに寄り添うことを第一にしている。「さまざまな場所に散歩に出掛け、むぎがるんるん気分で歩くのを見るとこちらも幸せ。山あり谷ありの日々を過ごして、少しずつ家族になってきたのかな」と良子さん。
時折、夫婦の知らないむぎの「過去」が顔をのぞかせることがある。例えば、シャッターが開いたガレージを異常に怖がる。良子さんは「むぎの過去は私たちには知り得ない。むぎが話せるなら、どんな経験をしてきたのか聞いてみたい」と話す。
むぎの名前の由来はビールの原材料「麦芽」だ。ビール好きのジェイソンさんは、来年春にバーを併設したクラフトビール醸造所を開業する予定。むぎが看板犬としてお客さんと触れ合う日を、夫婦で今から楽しみにしている。