秋田犬保存会フランスクラブは今月、秋田犬の容姿を競うコンテスト「クラブ展」を初めて現地で開きました。同国ノルマンディー地方で自らも秋田犬を育てているライター・フォトグラファーの酒巻洋子さんがリポートします。
見事な秋晴れとなった10月9日、パリから約80キロ南に位置するグレ=シュル=ロワンで、記念すべき「第1回秋田犬保存会フランスクラブ展」が開かれた。2018年のクラブ発足時には2年後の開催を目指していたのだが、新型コロナウイルスの影響で延び延びになっていたのだ。
開催を待ちわびていたクラブ長のアルノー・ルモンさんは頬を緩ませて話す。
「欧州で保存会の展覧会が開催されるのは、イタリアに続き2カ国目であり、とても誇りに思います。展覧会のために日本から招いた審査員に直々に審査してもらえることは、欧州で秋田犬のブリーディングをする私たちにとって最大の価値があり、とても貴重な経験です」
出陳された犬は、フランスの他、イタリア、ベルギー、ドイツ、ポーランド、オランダの各国からやって来た計45匹。欧州のブリーダーにとっては、日本の専門家に審査してもらえるまたとない機会である。
展覧会の年齢別部門名などには、日本語がそのまま使われている。「若犬雌!」とアナウンスされると、会場のフランス人らの間で「ワカイヌメス!」という言葉が飛び交い、聞いている日本人としては何ともほほ笑ましい。
今や世界中に普及し、フランスでも圧倒的な人気を誇る柔道で、ルールや技などに日本語がそのまま使われていることにも通じるのだろう。各国の言語には、他国の言語では訳しきれない意味や、表しきれないニュアンスが存在する。
今回、フランスクラブがこだわったのは秋田犬保存会が日本で行う展覧会と同じ基準で審査を行うこと。そのため、保存会で長く審査員を務めている齋藤晃さんを千葉県から招いた。
齋藤さんは欧州で開かれるセミナーなどで積極的に指導しており、クラブ展に参加したブリーダーたちとも顔見知りで、親しく声をかけられている。
「日本の美意識である『わびさび』に通じるような、見た目の華麗さや格好良さではなく、内面から出てくる個々の表現が、秋田犬の審査の要です。雄犬ならば威厳やたくましさがあり、雌犬には柔らかさや優しさが感じられることも大切ですね」
優れた秋田犬を形容する「威風堂々」「沈着剛毅(ごうき)」といった表現を、異なる文化と言語を持つ人々に伝えるのは難しいだろう。それでもブリーダーたちは、愛嬌(あいきょう)を振りまきそうになる犬の口を閉ざして、一層りりしく見せようと真剣に審査に臨んでいた。
彼らは日本から血筋の良い子犬を迎え入れたり、日本の展覧会に出陳したりして、熱心に秋田犬の育成に取り組んでいるのだ。
「わびさび」や「武士道」といった日本人でも失いつつある美意識や精神を、現代に体現するのが秋田犬なのかもしれない。日本の天然記念物である犬種を、保存会の伝統的な基準で審査し、保護し、繁殖させるブリーダーたちは、国籍を問わず、日本文化の伝承者なのだろう。
今後、フランスクラブは2年に1回のクラブ展開催を目指すという。原産地から遠く離れた欧州で、日本に負けないくらい優れた秋田犬をつくり出してほしい。
さかまき・ようこ ノルマンディー地方在住のライター・フォトグラファー。フランスのインテリアや雑貨、食生活などに関する著書多数。2018年には、自宅で生まれた秋田犬が育つ様子を写真に記録した「秋田犬のおやこ」(翔泳社)を刊行。