この春、大館市白沢のコミュニティースペース「としょ木漏れ日」が、秋田犬のいる農泊施設として新たな歩みを始めた。運営を担うのは、4月に市の地域おこし協力隊員に就任した佐藤大紀さん(25)と叶子さん(28)夫妻。虎毛の「お殿水」(雄、1歳)と赤毛の「甘露甘露」(雌、6カ月)の2匹の愛犬と共に、従来の交流拠点としての役割に加え、農業体験などを通じて観光客の迎え入れに力を注いでいる。

東京都出身でプラント設備の設計や建設に携わるエンジニアとして首都圏で働いていた大紀さんは、青森県出身の叶子さんとともに夫妻で2023年4月から24年7月にかけ、長期の出張生活を大館市内で送った。自然あふれる大館での生活は多忙な日々を送る大紀さんにとって心の癒やしとなり、人生の大きな転機にもなった。
大館滞在が終了する間際の24年7月、2人は「お殿水」を家族に迎えた。都内に戻っての住まいは大型犬の飼育可能な物件だったが、「愛犬がのびのびと暮らせる場所が必要」という思いが募った。
元々農業への憧れを抱いていた大紀さんは、エンジニアからの転身を模索していた。首都圏で開かれた農業フェアで、比内地鶏の飼育を秋田で学べると知り、「全国的に有名なブランドを、他県出身の自分にも優しく丁寧に説明してくれた。大館にいた経験もあって、勝手に縁を感じた」。大館での長期滞在、農業への興味、秋田犬への愛情…。これらが重なり合い、秋田に戻る決断へと導いた。
秋田での住まい探しの過程で、空き家紹介を行うNPO法人「あき活Lab(ラボ)」の理事長三澤雄太さん(36)と出会い、三澤さんが運営していた「としょ木漏れ日」の事業継承を提案された。今年春に2人は大館に移り住み、としょ木漏れ日の運営を始めた。

3月には、2匹目の秋田犬「甘露甘露」が家族に加わった。2匹の名前は、出張生活中に2人で訪れた八峰町の名水「お殿水」から。津軽藩主が参勤交代で休憩した際、湧き水を飲んで「甘露、甘露」と褒めたたえたという言い伝えの通り、2人にとってもその冷たく澄んだ水の味わいは印象的だった。
「『お殿水』も『甘露、甘露』も響きがかわいらしい。秋田の人なら一度聞けば忘れない名前ですし」と叶子さんは笑う。
現在の「としょ木漏れ日」は、地域の憩いの場として定期的に「お茶っこ会」を開催する一方、農泊施設として敷地内の畑を活用した野菜収穫体験やきりたんぽ作りなども展開している。2匹が古民家の座敷や広々とした庭、畑でじゃれ合う姿を、2人だけでなく地域の高齢者や子どもたち、宿泊客も優しく見守る穏やかな時間が流れている。

「秋田犬が好きな人、自然が好きな人、いろんな人が集まれる場にしたい。今はまだ勉強中だが、養鶏農家としても一人前になりたい」。大紀さんはそう将来を見据える。
今年5月の秋田犬保存会本部展に甘露甘露を出陳させた叶子さんも、「いつか2匹の子どもを見たい」と話す。「ただ飼うのではなく、秋田犬の本場で学び、ブリーダーとして秋田犬の普及に貢献できれば」との思いを胸に、現在は飼育に関する資格の勉強中だ。資格取得後は2匹を看板犬として、触れ合い体験も農泊で提供したいと考えている。
夫妻にとって「としょ木漏れ日」は、夢が無限に広がる場所。秋田犬と共に歩む新たな人生の舞台として、この地で根を張り続けていく。