わさお物語のバトンを継ぐ「ちょめ」 長毛秋田犬が紡いだ現代の「忠犬ハチ公」物語(下)

  • 2021-11-18
  • 2021-11-18
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わさおが生前、毎日出勤していた青森県鰺ケ沢町のいか焼き店「きくや商店」の脇に設置されている犬小屋には、今もわさおの「養女」ちょめ(5歳、雌)が顔を出し、店の看板犬としての役割を引き継いでいる。わさおと血のつながりはないが、真っ白な長い毛が、ありし日のわさおをしのばせる。

ちょめと工藤さんがよく散歩に出掛ける海沿いの公園=11月7日、青森県鰺ケ沢町

わさおの飼い主だった菊谷節子さん(2017年11月死去)は、自分が死んだ後もわさおに孤独な思いをさせないよう「家族」を作ろうと動き、14年秋に嫁の秋田犬「つばき」(19年5月に急死、当時6歳)を迎え入れていた。

16年春に、生後間もなかったちょめを引き取らないか、との誘いが青森県内のブリーダーからもたらされた。節子さんはちょめを気に入ったものの、菊谷家だけで3匹の秋田犬を世話するのは難しく、受け入れは困難かと思われた。

そこで、わさおの世話をサポートしてきた「わさおプロジェクト」代表の工藤健さん(53)が、ちょめの世話を自身が引き受け、昼間はわさおたちと一緒に店で過ごすよう提案した。「店に初めて来たときの、ちょめのたたずまいが気に入っていた。わさおの子になればいいなと思っていた」と工藤さん。節子さん、つばき、そしてわさおの死後も、工藤さんとちょめの日常は続いている。

わさおが“出勤”していた「きくや商店」脇にある犬小屋に、ちょめは今も毎日通っている

「ちょめ」の名付け親は節子さんだが、実は深い意味はないという。「雄なら(名無しの)権兵衛と呼んでいたと思うけど、女の子だからねえ」と、当初は「チョメチョメ」と呼んでいた。かつて俳優の山城新伍は、司会をしていたクイズ番組で、問題文にある「××」という伏せ字をこう呼んでいた。結局、「チョメチョメ」では長いからと、「ちょめ」という名前に落ちついた。

わさおの銅像の前でメディア向けの撮影に臨むが、尻込みしてしまうちょめ=11月8日

工藤さんは、ちょめの性格を「マイペースで気が小さい」と評する。わさおは好奇心旺盛で、節子さんさえそばにいてくれれば、どのような場所でも堂々と立ち振る舞うことができた。また、人の心をよむ力があり、要望にこたえてくれることも多かった。わさお銅像の除幕式を終えた後、集まったメディア向けに、銅像とちょめの写真を撮る機会が設けられたが、ちょめは工藤さんの思うようにはなかなか動いてくれなかった。「このあたりが、ちょめが“持ってない”ところなんだよなあ」と工藤さんは苦笑いした。

除幕式前日の11月7日夕方、記者は工藤さんとちょめの散歩に同行した。お決まりの散歩コースは町内の海沿いにある公園。夕日に照らされたちょめが輝いて見える場所だ。ちょめの散歩中、他にも多くの犬が散歩していたが、引っ込み思案なちょめは、仲良くしている犬は少ないという。それでも、この日は仲良しの犬と触れ合う機会にも恵まれ、満足そうな表情を浮かべていた。

突然、一心不乱に穴を掘り始めたちょめ

海岸線の近くにある草むらに足を運ぶと、ちょめは突然、一心不乱に穴を掘り始めた。「時々自分の世界に入り込んでしまうことがある。その時の集中力は半端ではない」と工藤さん。穴掘り作業を終えた直後のちょめの「ドヤ顔」が印象的だった。

穴掘りを終え「ドヤ顔」を見せるちょめ

わさおは、JR鰺ケ沢駅の「観光駅長」として、観光客の出迎え役を担っていた。わさおの死後、ちょめは「観光営業主任」として、その役目を引き継いでいる。ただ、ここ1、2年は新型コロナ禍の影響で、予定していた出迎えの仕事がキャンセルされることが多かった。「ちょめがどの程度観光客に受け入れられているかは、正直よく分からない。海の駅わんどにあるわさおの顔出し看板は今も人気だが、その近くを私とちょめが通り掛かっても気付かれないこともある」と工藤さんは苦笑いする。

「わさおの代わりなど、どの犬にも務まらない。ちょめはちょめらしく生きてくれればいい。ただ、ちょめはわさおと節子さんの両方と関わりのあった犬だ。ちょめを見て、わさおをとりまく物語に思いをはせてくれる人がいてくれればうれしい」―。工藤さんとちょめの日々は、これからも静かに続いていく。

銅像建立でも“持っている”わさお 長毛秋田犬が紡いだ現代の忠犬ハチ公物語(上)

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わんこがつなぐ世界と秋田

モフモフした毛並みに、つぶらな瞳、くるりと丸まった愛らしいしっぽ。たくましい身体を持ち、飼い主に忠実な性格でも知られる秋田犬は、今や世界中の人気者です。海外での飼育頭数は増え続け、本場の秋田では観光振興に生かそうという動きも活発化してきました。秋田魁新報は「秋田犬新聞」と題し、国内外のさまざまな情報を発信していきます。秋田犬を通して世界と秋田をつなぐ―。そんなメディアを目指していきます。

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