秋田県大仙市藤木に暮らす佐貫千代吉さん(89)=農業=は、間もなく90歳という高齢ながら、1人で4匹の秋田犬を飼育している。そのうち3匹は雄犬だ。「迫力があり、引っ張って歩くときの手応えがたまらない」と、これまで雄の秋田犬を中心に飼い続けてきた。
「これっ!待て…どうした」―。
取材に訪れた記者の前で佐貫さんにじゃれついてきたのは、今夏で1歳になる雄の「大仙誉」。まだまだやんちゃ盛りだが、佐貫さんが落ち着いてリードを上に引き上げると、展覧会に出ているかのような堂々とした立ち込み姿を見せた。
「立ち込みがうまくできないと展覧会では高評価を得られない。普段から緊張感を持たせるようにしている」。
佐貫さんは現在、大仙誉のほか5歳の雄犬2匹と、3歳の雌犬を飼育している。堂々たる体格をした5歳の雄犬たちがリードを引く力は相当なもの。毎日朝と夕方、1匹ずつ散歩させるのはかなりの重労働のはずだ。
「まだ体が出来上がっていない大仙誉には、私が乗った自転車を引っぱらせるなど、しっかりと運動をさせている。他の犬は田んぼの間をちょっと歩くだけ」と佐貫さんは事もなげに話す。
佐貫さんは10代後半で秋田犬を飼い始めた。元々秋田犬が好きで、展覧会などに足を運ぶうちに、ある大仙市のブリーダーに飼い方を教わるようになった。
そのブリーダーとは、現在秋田犬保存会秋田県南支部長を務める濱田正巳さん(84)の父・鶴夫さん(故人)だ。正巳さんはロシアのフィギュアスケート選手アリーナ・ザギトワさんに贈られた「マサル」を育てたことで知られるが、鶴夫さんも秋田犬飼育の名人だった。
「佐貫さんも私も、父に弟子入りしたようなもの。2人で切磋琢磨(せっさたくま)しながら、良い秋田犬を育てようと頑張ってきた」と正巳さんは話す。
農業の傍ら、多い時には15匹ほどの秋田犬を飼っていたという佐貫さん。雌に多くの子犬を産ませることよりも、一貫して優秀な種雄を育てることに力を入れてきた。
50代後半のころ、ブリーダーとしての腕を買われ、甲府市の犬舎で4年ほど働いた。その際、当時自宅で飼っていた秋田犬をほとんど手放したという。犬舎を退職して地元に戻ってからは、以前より数を減らしながらも、やはり雄犬を中心に飼育を続けてきた。
今年5月に大館市で開かれた秋田犬保存会の第145回本部展では、長年の功績を評価され会長特別功労者表彰を受けた。
佐貫さんは妻と次男夫婦の4人暮らしだが、秋田犬の世話をするのは佐貫さん1人。「もう年も年だから、これで最後の1匹にしようと何度も思ったが、良い犬と縁があればついつい飼ってしまう」と苦笑いする。
「犬たちを残して入院してしまうと家族に迷惑がかかるので、健康にはかなり気を使っている」と話す佐貫さん。秋田犬を連れて歩く姿はもちろん、話しぶりも若々しい。
毎日欠かさず散歩に出掛けるという規則正しい生活と、犬たちから元気をもらっていることも、健康を保つ秘訣(ひけつ)のようだ。