生まれた直後に母犬から育児放棄され、一時は生死をさまよった秋田犬「福」(雄、1歳)。現在は愛犬家の夫婦に引き取られ、大きな愛情に包まれて元気に暮らしている。秋田市広面の住宅街に福を訪ねた。
「福、あいさつして」
飼い主の山田覚さん(60)と智子さん(55)が声を掛けると、福はうれしそうに記者を歓迎してくれた。取材に備えてシャンプーをしたといい、白い毛並みはふわふわだ。しばらくはしゃいだ後、福はぐうぐうといびきをかいて眠ってしまった。ころころと変わる表情や行動がかわいらしく、見ていて飽きない。
時折強い雨が降る中、福と山田さん夫婦の散歩に同行した。あいにくの天気でも福の足取りは軽快だ。散歩が大好きで、1月に暴風雪に見舞われたときも外に連れ出すようせがんだという。
「散歩中、福がどんなことを考えているのかと想像するのが楽しくて。雨や雪が降っていても嫌だと感じたことはないんです」と覚さん。
夫婦は元々、シェットランドシープドッグとミニチュアシュナウザーの2匹の犬を飼っていた。「3匹目に秋田犬が欲しい」と考えていた2019年秋、秋田犬保存会(本部・大館市)の会員制交流サイト(SNS)で子犬の飼い主を募集していることを知った。
同年に大館市で生まれた子犬は、母犬に育児放棄されたため、きょうだい犬と共に瀕死の状態になった。飼い主から同市のブリーダー・羽沢麻美さん(45)が引き取って間もなく、きょうだい犬は死んでしまった。
羽沢さんは生き残った子犬を懸命に世話した。免疫力を付けるために重要な母乳を飲んでいないことが分かり、母乳の成分に近い犬用ミルクを昼夜問わず3時間置きにスポイトで与えた。10日ほど続けると、子犬は自力でごくごくとミルクを飲めるまでに回復した。
山田さん夫婦が飼い主に応募しようとした矢先に、募集が締め切られてしまった。それでも二人は「ダメ元でも」とメッセージアプリにありったけの思いをつづった。夫婦の長女はドッグトレーナー、その夫は動物看護師であること。覚さん自身も「愛犬飼育管理士」の資格を持っていること。何よりも「この犬を誰よりも絶対幸せにする」という強い意志があること―。
長文のメッセージを読んだ羽沢さんは「あ、この人だな」と思ったという。電話でやりとりするなどして、山田さん夫婦は正式に飼い主に選ばれた。
初めて対面したときのことを、智子さんは「ぷくぷくで、両手に収まるくらい。とにかくかわいくてかわいくて」と懐かしむ。名前には、これまで人の世話になって応援されてきた分、これからは自らが「福」を届けられる存在になるように―との思いを込めた。
そんな福も1歳を過ぎ、今では抱きかかえるのが大変なほど大きくなった。
覚さんは「いなきゃ困る。生活の一部だから」といとおしそうに語る。「車が来たら止まる、人に飛びかかったりかんだりしないなど、周りに迷惑を掛けないように強く教えています」ときちんとしつけることも忘れない。
育児放棄から生き残った秋田犬が、山田さん夫婦と周囲に「福」を振りまく日々は、これからも続いていく。