秋田県仙北市の田沢湖畔にあるレストラン兼土産店「田沢湖共栄パレス」(鬼川孝助代表理事)の建物裏手。大型バスから降りて来た観光客が吸い寄せられるように集まっていく場所がある。「かわいい」「こっち見てー」。声を出しては、スマートフォンやカメラで撮影したり、かがんでじっと観察してみたり。その中心にいるのは2匹の秋田犬だ。
同店では2008年から、観光客に秋田らしさを感じてもらおうと「秋田犬見学所」を開設している。現在の看板犬は母・由美(7歳)と息子・天空(そら)(5歳)の2匹。
18年春、生後数カ月で天空を迎え入れたが、先住犬が21年に死に、天空1匹になってしまった。「1日数時間交代で展示している関係上、1匹だけではお客さんが見られない時間帯が出てきてしまう。何より天空もさみしいだろう」と鬼川代表理事(80)がブリーダーから由美を引き取った。
鬼川代表理事やパレスのスタッフが、開店前の早朝や開店後に散歩などの世話をする。田沢湖のほとりを歩くだけで、自然と周囲に人が集まってくる、まさに地域のアイドル犬だ。
性格はどちらもおとなしく穏やか。観光客の声やシャッター音などには慣れっこなのか、気にするそぶりも見せず、地面に顎をつけて「ふーっ」と大きな息をついたり、ゆっくりしっぽを振ったりと、いたってマイペースだ。
「天空は小さい頃からここにいて慣れているから『こういうもの』と思っているんだろうけど、由美は繁殖犬として異なる環境にいたので、最初は少し戸惑っているようだった」と鬼川代表理事。それでも由美のしつけで苦労したことは特にないと言い、次第に順応していったという。
見学所では、スタッフが目の届く範囲にいる時などは、訪れた人と触れ合える時間を設けることもある。ツーショットを撮ろうと急に犬との距離を詰めてくる観光客や、「キャー」と声を上げながら恐る恐る頭をなでようとする子どももいるが、2匹はほえることなく、逆にしっぽを振ったり、相手の手や頬(ほお)をなめたりと、かわいらしい姿を見せる。
りんとした姿と、時折見せる愛きょうたっぷりの表情は、海外でも大人気。「秋田犬に会える」と聞きつけ、パレスを訪れる外国人観光客も多い。鬼川代表理事によると、平昌冬季五輪フィギュアスケート女子金メダルのアリーナ・ザギトワさん(ロシア)に秋田犬保存会(本部・大館市)から雌の「マサル」が贈られた18年ごろから、秋田犬ブームの高まりを一層感じるようになったという。
新型コロナウイルスの影響で海外からの観光客は減少したが、徐々に客足は回復の兆しを見せている。
取材した7月の週末も、海外から数組の観光客が秋田犬目当てにパレスを訪れていた。台湾から家族旅行で東北を回っているという侯昀嫥さん(15)と侯佩媞さん(13)姉妹は、初めて間近で見る秋田犬に感激した様子。「思ったより大きくて驚いたけど、毛並みがふわふわしていてすごくかわいい」と佩媞さんは笑顔を見せ、天空のそばで家族に写真を撮ってもらっていた。
パレスでは、秋田犬のほか、秋田の名物・名産をPRしようと比内鶏などの秋田三鶏や秋田フキの展示、稲庭うどんの製造工程が見学できるエリアもあり、「いろんな秋田の良さを存分に楽しんでほしい」と鬼川代表理事。
秋田犬・秋田三鶏の見学には100円の協力金が必要だが、買い物やレストランの利用で無料となる。営業時間等の問い合わせは田沢湖共栄パレスTEL0187・43・0701