自然豊かなフランス・ノルマンディー地方で、9年前から秋田犬を育てているライター・フォトグラファーの酒巻洋子さんに、犬たちとの暮らしについて寄稿してもらいました。
昨年末に秋田犬の雌、ユキが他界した。フランス北西部のノルマンディー地方にあるわが家で初めて飼った秋田犬であり、この犬種の素晴らしさを教えてくれたのも彼女だった。
2015年秋、フランス北部の町リール近くにあるブリーダー宅から、生後2カ月のユキを迎え入れた日のことを昨日のように思い出す。私の足元に小さな体をすっぽりと収め、不安気ながら好奇心いっぱいの視線でこちらを見詰めていた。
「あなたがうちの子になったのね」
いとおしさで胸をいっぱいにしながら、私は生まれて初めて飼う子犬を飽きもせずに眺めた。
体はあっという間に大きくなったが、おっとりした性格はいつまでも子犬の時のままだった。フランスでは秋田犬を「猫のような犬」と形容することがあるように、ユキはわが家に元から住んでいた猫と競うように寝てばかり。頑固一徹な性格もまさに秋田犬だった。
秋田犬を飼うのは初めてだったこともあり、しつけには手を焼いた。名前を呼んでもなかなか戻って来ず、気が向かないと言うことを聞いてくれない。その一方、食欲は常に旺盛で、おやつを使うと急に物分かりがよくなった。
同年末には、ユキより2カ月半ほど若いお婿さんのカイを迎え入れ、わが家の秋田犬は2匹になった。2年後の冬にカイとの交配でユキは初めて妊娠し、18年が明けると4匹のまるまるとした子犬を産んだ。ユキは初めてとは思えないくらい、出産も育児も上手にこなし、カイも子育てに参加した。
わが家の秋田犬は、ママ犬とパパ犬とその子犬たちの家族になった。子犬たちが生まれてから受け入れ先へ巣立つまでの約2カ月間の成長は、写真集「秋田犬のおやこ」(翔泳社)に収められた。
19年春、ユキにとって2度目の出産のわずか1週間前に、パパ犬のカイがマダニによる感染症で急死した。生まれた子犬のうちの雌1匹を手元に置くことに決め、ユメと名付けた。ユキとユメの母娘に雄犬のダイが新たに加わり、わが家の秋田犬は3匹となった。その時の様子はこの秋田犬新聞で取材してもらい、20年元日の紙面に掲載された。
22年夏には、ユキとユメは数日違いでそれぞれ出産し、母と娘が共同で育児をしたこともあった。その時に生まれたユメの子犬であり、ユキの孫となる雌1匹を家に残し、タマと名付けた。同時に雄の子犬、トモも外から迎え入れ、わが家の秋田犬は3世代、計5匹の大家族になった。
その後、ユキは繁殖を引退し、23年秋は娘のユメだけが出産。今思えば病状が進行していたせいか、ユキは子育てを手伝うことはなかったけれど、小さな孫たちがにぎやかに育っていく様子を傍らで眺めながら、のんびりと過ごしていた。
子犬たちは受け入れ先へ巣立ち、最後の1匹が残るのみとなった頃、ユキは寝ている時間があまりにも長くなった。獣医師へ連れて行くとリンパ腫と診断された。余命は長くても2週間と宣告されたその夜、まさにろうそくの火がふっと消えるように、ユキは穏やかに息を引き取った。享年8歳と4カ月だった。
犬の寿命が長くなっている現在では、ユキが生きた8年は短いかもしれない。しかし誰にでもいつか訪れるのが死であり、だからこそ与えられた生を限られた時間の中でどう全うするかが問われる。それは人間も動物も同じだ。
わが家の初代秋田犬として計13匹の子犬に生を授けたユキ。命をつなぐという生き物としての役割をしっかりと果たして逝った彼女を、私は誇りに思う。ユキが去った後の今年も、わが家では彼女の孫たちが生まれて来てくれることだろう。
さかまき・ようこ フランス・ノルマンディー地方在住のライター・フォトグラファー。同国のインテリア、食生活などに関する著書多数。2019、20年に「秋田犬の里」(大館市)で自著「秋田犬のおやこ」に掲載された写真の展示会を開催。現在、展示写真をインスタグラム@norrmaninunekoでプレゼント企画中。