秋田県大仙市内小友の県立農業科学館ではクマ対策として、市内で飼われている犬を「パトロール隊」に任命している。隊長を務めるのは白い長毛の琥太郎(雄、2歳)。飼い主の西村和幸さん(45)と妻の真琴さん(50)は、毎日の散歩でパトロールを兼ねながら、秋田犬の魅力も伝えようと活動している。
パトロール隊は、科学館の呼びかけで今年6月に結成された。隊長の琥太郎のほか、秋田犬やビーグルなど11匹が所属する。主な活動は、科学館周辺を散歩し「ここは人間が活動する区域だ」とクマに示すこと。全隊員が集合して散歩したり、来館者と交流したりするイベントも不定期で開いている。
取材した10月上旬、科学館の外にある花壇ではダリアやバラなどが色鮮やかに咲いていた。その前に琥太郎が立つと、毛の白さが一層際立つ。
周辺は緑に囲まれた絶好の散歩コースだ。近くに住む夫婦は琥太郎が生後2カ月の頃から毎日、朝と夕方に足を運んできた。
和幸さんいわく、「琥太郎は“全日本秋田犬ストライキ協会”に所属しているんですよ」。この日も、白い長毛を風になびかせて歩き出したかと思うと、すぐに立ち止まっておやつをせがんできた。真琴さんは渋々おやつをあげながら「一つ食べたら、300メートル歩くんだよ」と促した。
散歩を終え、仲の良い科学館の女性職員に会うと、琥太郎はしっぽを振りながら後ろ脚で立ち上がった。職員は顔中をなめられながらもうれしそう。琥太郎が“推し犬”なのだという。
約2年前、和幸さんの知り合いが秋田犬を飼い始めたことに触発され、犬舎に問い合わせて琥太郎を迎えることになった。真琴さんは、当初反対だった。動物を最後まで飼えるのか、自分たちの自由がなくなるのではないか、と不安が大きかったからだ。
実際、琥太郎が家族になって最初の4カ月ほどは、真琴さんにとって「絶望の連続」だった。
昼休みを利用して職場から自宅に戻ると、ケージの中はぐちゃぐちゃ。掃除や排せつの世話をすれば、自分がゆっくりご飯を食べる時間はない。ケージから脱走し、台所のサーターアンダギーを丸のみして家族を驚かせたこともあった。
それでも今、真琴さんは「飼ったことに後悔はありません」と話す。休みの日には、夫婦が趣味にしているトレイルランニングへ一緒に連れて行く。思い出を積み重ねるうち「何をしていてもかわいい。琥太郎が大好き」という気持ちに変わっていった。
琥太郎への深い愛情は夫婦にとって、新しいことに挑戦する原動力となっている。
長毛は秋田犬保存会が定める「秋田犬標準」から外れるため、保存会に所属しない飼い主も多い。だが真琴さんは「長毛だって秋田犬。気にする必要はない」と、県南支部に所属する。10月には科学館と共催で、秋田犬の写真展や周辺パトロールイベントを実施。来館者に秋田犬の魅力を存分にPRした。
今年4月には、インスタグラムでアカウント「琥太郎商店」を開設。ダイレクトメッセージ(DM)を活用し、和幸さんの両親が育てたコメや、和幸さんお手製のリードを販売している。今秋にはいぶりがっこの製造も始めた。
「ふとした時に『琥太郎と、あと何年一緒にいられるかな…』と考えてしまう。限られた人生、やりたいことは全部やらなくちゃ」と真琴さん。災害への備えとしてのキャンプ泊練習や、動物の保護活動にも関心を持っている。
夫婦はこれからも琥太郎と共に、一日一日を後悔なく、大切に生きていくつもりだ。