戦後、絶滅の危機を乗り越え、犬種の固定と繁殖を遂げた秋田犬は、いままた大きな岐路に立たされている。飼う人が減り、秋田犬自体が激減しているのだ。
秋田犬保存会によると、会員数は海外を含め2623人(昨年末時点)。ピークだった1972年に比べ2割にも満たない。昨年1年で生まれた秋田犬(保存会への登録数)は2498匹。72年の実に5%余りにすぎない。
足元の大館市もまた、状況は同じである。会員数は30人余りで、実際に秋田犬を飼っている人となるとわずか10人ほど。飼い主の高齢化が進む一方、住環境の制約といった事情から新たに飼おうという人が思うように出てこない。
「ここが正念場」。保存会の富樫安民会長は危機感を募らせるが、打開策は見いだせていない。
社会的地位の象徴「犬をたてる」
大館市をはじめとする県北部には、昔から「犬をたてる」という独特の言い回しがある。文化といってもいい。優秀な血統の保護と繁殖を目的に秋田犬を飼うことをいう。犬に通じた専属の世話人を雇うこともあり、ある種の事業に近いが、職業的なブリーダーとは違う。
もともとは「旦那衆」と呼ばれる地元の素封家たちが担った。「たてる」行為そのものが社会的地位の象徴でもあった。
2002年まで県職員として犬の分類学を研究してきた獣医師の茂木利夫さん(67)=横浜市=は「旦那衆が秋田犬復興の功労者だったことは間違いない。秋田犬を絶やさなかったことによって、この地方に息づく、人と犬との良好な関係を守ってきたという言い方もできる」と話す。
一昨年までの60年余りで、数百匹の秋田犬を「たてた」武田隆さん(84)=大館市杉沢=も「旦那衆」にくくられる一人だ。温泉経営の傍ら数々の名誉章犬を輩出し、保存会運営では長年にわたり本部展審査員も務めた。武田さんもまた、秋田犬を取り巻く退潮を嘆き、行く末を案じる。
「いい犬を孫子の代に残そうと必死だった。プライドの問題。ただ、会員が減少すれば確実に犬も減る。そうなればいい犬は残せない」
大型犬が敬遠される要因は、ライフスタイルや嗜好(しこう)の変化ばかりではない。地域経済が疲弊し、犬をたてる体力がなくなってきたから―という見方も根強い。
坂口安吾の心を秋田犬以上に動かした人物…
作家の坂口安吾(1906~55年)は雑誌連載の取材で、戦後程なく大館市を訪れている。「秋田犬訪問記」のタイトルで著した紀行文で印象深いのは、秋田犬保存会2代目会長、故平泉栄吉さんへの傾倒ぶりだ。
「…旅先でこのように邪心の少ない好人物にめぐりあうのは嬉(うれ)しいものである。彼は秋田犬に対して、一見なんとなく控え目に見えるが、実は損得ぬきで溺(おぼ)れこんだ満身これ秋田犬愛の熱血に煮えたぎっているのであった…」
「…このように善良で、秋田犬に対してあくまで深く静かな愛情をそそぐ紳士の存在を知ることができなければ、心底から秋田犬の性能を紹介するだけの勇気は持てなかったと思う…」
愛犬家として知られた安吾が、秋田犬の本場で秋田犬以上に平泉さんに対し心を動かしていたことがうかがえる。取材旅行から60年。秋田犬も旦那衆もめっきり少なくなったいまの大館を、安吾ならどんな言葉で紡ぐだろう。
<2014年10月14日秋田魁新報朝刊、文中の年齢・肩書きなどの上方はすべて掲載当時のもの>