「桃には『ありがとう』という言葉しかない」。秋田市飯島の金政宏さん(59)=会社員=はしみじみと語る。山梨県で保護された秋田犬の桃次郎(雄、9歳)を引き取って7年。相棒のような存在となった犬と暮らす日々の幸せを、金さんはかみしめている。
先月下旬のある日、金さんと桃次郎は雨の中を朝の散歩のため近くの公園へ出掛けた。桃次郎は雨を気にする様子もなく、軽やかな足取りでずんずん歩いていく。
ある場所では、何か気になることがあったのか、かたくなに動こうとしなくなった。
「ちょっとわがままなところもあるんです」と金さんは苦笑い。散歩が終わる頃、桃次郎は満足したのか、目を細めて笑っているような表情を浮かべていた。
金さんは動物好きな両親の下、小さい頃から秋田犬や猫、ハトなどに囲まれて育った。近所から「動物園」と呼ばれるほど多くの生き物を飼育していたという。
高校を卒業し、就職してからほどなく、雑種犬を引き取った。犬は特に母親によく懐き、1996年に父親が病気で他界した後も母親と金さんの心の支えだった。
その犬は引き取ってから約17年後に大往生。2009年には母親も他界した。
「おふくろを亡くしてからは、毎日が会社と家の往復だけ。家に帰っても独りでさみしくて」。金さんは大きな喪失感に襲われていた。
当時の勤務先の社長は、母親の死からなかなか立ち直ることのできない金さんを見かねて「また犬を飼ってはどうか」とアドバイスしてくれた。その時、金さんは昔飼っていた秋田犬のことを思い出した。大型で飼い主に忠実なところが好きだった。雑種犬が死んだ直後は、二度と犬は飼いたくないと思っていた金さんだが、「人生最後と思って、もう一度秋田犬を飼おう」と思い直した。
インターネットで秋田犬を探していたところ、山梨で飼い主を探している保護犬を見つけた。それが当時2歳の桃次郎。情報公開から数カ月経っても里親が見つかっていなかった。最悪の場合、殺処分の可能性もあった。
それならばと、金さんは山梨へと向かった。初対面の桃次郎は落ち着いていて、歯を見ようと口に手をやっても嫌がらなかった。桃次郎が心を開いてくれたように感じ、引き取ることにした。
金さんが桃次郎との生活をブログや交流サイト(SNS)で公開すると、全国各地の秋田犬の飼い主らとつながりができてきた。
びっくりするような出合いもあった。19年ごろ、大館市の観光交流施設「秋田犬の里」に出掛けた時のこと。館内に桃次郎にそっくりな秋田犬写真が展示されていた。赤毛の雌で名前は「ナナ」。SNS上で飼い主を探して連絡したところ、桃次郎の4歳上で、2匹は同じ犬舎出身ということが判明した。
どちらも保護犬のため正式な血統は不明だが、金さんとナナの飼い主は、2匹を“きょうだい”だと思っている。
21年には、東京で暮らすナナと飼い主が秋田へ旅行に来た。最初は吠え合っていた2匹だが、すぐに落ち着き、写真を撮ろうとすると同じ方向に顔を向けた。金さんたちは2匹のリラックスした様子に驚いたという。
金さんも桃次郎もお互い年を重ね、健康面に不安を感じるようになってきた。今年の春先には桃次郎がすい炎を起こした。「また桃に何かあったらと思うと心配」と、金さんは食事や運動に気を遣っている。
金さんの夢は、桃次郎と全国の秋田犬仲間に会いに行くことだ。「それまでお互い健康でいないとな」と力を込めた。