秋田県横手市猪岡に住む宇元高幸さん(59)は、ブリーダーではなく普通の会社員だが、1人で6匹の秋田犬を飼っている。「今はこの子たちのために働いているようなもの」と話し、忙しくも楽しい日々を過ごしている。
2月下旬の晴れた日、記者が宇元さん宅を訪れると、家の前には杏鈴(あんり)姫(雌、5歳)が静かにたたずんでいた。やがてアスファルトに寝転がり、気持ちよさそうにひなたぼっこを始めた。
6匹は普段、車庫の中に設けられた宇元さん手作りのペットサークル(柵)で過ごしている。「本当は家の中で自由に過ごさせたいけれど、6匹ともなるとそうはいかない」
この日、芽郁(めい、雌、2歳)は車庫の前に座り、最年長の桃次郎(雄、7歳)は通路に寝そべっていた。芽郁が産んだ春うらら、春かすみ(ともに雌、1歳)、恋多郎(雄、同)のサークルはそれぞれ行き来できるようになっており、3匹は元気にじゃれ合っていた。
朝晩の散歩は、桃次郎、杏鈴姫、芽郁の3匹が一緒。春うららと春かすみもペアで行うが、やんちゃ盛りの恋多郎だけは単独だ。恋多郎は5月に大仙市で行われる秋田犬保存会の本部展に出陳予定で、日々訓練を積んでいるという。
6匹一緒に写真に収めるのは難しいため、別々に撮影させてもらった。子どもたちをサークルから出した時の「大人組」の反応は対照的。杏鈴姫はわれ関せずといった表情。芽郁は車庫の前に立ち続け、子どもたちの帰りをじっと待っているかのようだった。
一方、車庫の奥からは桃次郎の「ボクも一緒に連れて行って」と言うような甘えた鳴き声が聞こえてきた。「雄の方がさみしがり屋で焼きもち焼きだよな」と宇元さんは笑う。
幼い頃から動物好きだったという宇元さん。初めて秋田犬を飼ったのは今から20年ほど前。市内に住むブリーダーから譲ってもらった雌の「もも」を育て始めた。「子どもに喜んでもらおうと思って飼い始めたが、私の方が夢中になった」と話す。
ももが2015年に死んだ時の寂しさは「事前に覚悟していた以上だった」という。数カ月後には、生後間もない雄を大館から迎え、桃次郎と名付けた。同時に秋田犬保存会にも加入した。「以前は飼うだけで満足していたが、秋田犬についてもっと学びたくなった」
交流サイト(SNS)で桃次郎に関する情報を発信、全国に秋田犬仲間ができた。「そうこうするうちに欲が出てきた」と言い、18年に杏鈴姫、20年に芽郁を迎え入れ、各地の展覧会に出陳するようになった。
21年暮れ、芽郁は4匹の子どもを出産した。当初は1匹だけ手元に残そうと考えていたが、新たな飼い主が見つかったのは1匹だけ。「他の人に譲るには大きくなり過ぎ、愛着も湧いていた」と、宇元さんは残る3匹を自分で飼うことを決意した。
雄の秋田犬は縄張り意識が強いため、恋多郎が成長して力が強くなってからは、桃次郎とトラブルを起こさないよう細心の注意を払っている。
「コロナ禍前は、秋田ふるさと村や田沢湖に犬たちを連れて出かけ、観光客に喜んでもらっていた。6匹とも人にかわいがってもらうのは大好きなので、また以前のように一緒に出かけたい」と宇元さん。そのために、ミニバンタイプの自家用車をワンボックスカーに買い替えることを検討中だという。
「さすがにこれ以上は増やせないが、6匹と楽しい思い出をつくっていきたい」と明るい表情で語った。