南極観測隊の越冬隊員が、やむなく現地に置き去りにした樺太犬「タロ」「ジロ」と1年後に再会した史実を基にした「南極物語」。1983年に公開され、大ヒットした作品を何度も見たが、心引かれたのはこの2匹の姿ではなく、息絶えたリーダー犬の「リキ」だった。

秋田市桜で建設会社を営む豊島悦雄さん(71)と妻悦子さん(69)は、45年以上犬と暮らしてきた。豊島さんが24歳の時に柴犬を飼ったのが始まりで、これまでイングリッシュ・コッカー・スパニエル、2匹のヨークシャーテリアを迎え入れてきた。
現在は同市桜ケ丘の自宅で3匹を飼っている。雌のミニチュアシュナウザーが2匹いて、白い毛が「はな」(12歳)、黒い毛が「夢々(むむ)」(11歳)。そこに2023年5月、赤毛の雄の秋田犬「力(りき)」(1歳)が加わった。

「いつか体が大きくてがっしりした雄の日本犬がほしかったんだよね」と悦雄さん。南極物語で犬ぞりの先頭を走り、命を懸けてタロとジロに食料の場所を教えたリキの姿に心を打たれ、愛犬にも同じ名前を付けた。
悦雄さんは旧協和町(大仙市)出身。小学校低学年の時に実家の鶏小屋で雄の秋田犬を飼っていた。小屋に忍び込むイタチやテンを追い払う番犬だった。冬は雪が積もった田んぼの上でスキーをはき、リードをつないだ秋田犬に引っ張ってもらった。犬ぞりのように遊んだ楽しい思い出が、今も忘れられないという。
幼少期から秋田犬に親しみを感じていた悦雄さんだが、力を迎えるまでの道のりは平たんではなかった。
悦子さんを誘って大館市で開かれる秋田犬保存会の本部展に10年以上足を運び、その度に「秋田犬ってすてきだな」とさりげなくアピール。しかし、悦子さんが首を縦に振ることはなく、「お互いに年なんですから大きい犬はだめ」と毎年くぎを刺された。

秋田犬を巡る夫婦の攻防戦。終止符を打とうと、豊島さんは「強行策」に出た。知人を通じて知り合った秋田市の一般社団法人「ワンフォーアキタ」で活動する女性のドッグトレーナーからブリーダーが育てた子犬を紹介してもらった。
悦雄さんが唐突に自宅に連れ帰った子犬を見て、悦子さんは仰天。長男一也さん(44)からも「おやじ、何歳まで生きるつもりでこの犬連れてきたのよ」と怒られた。悦雄さんはブーイングにもめげずに「サプライズ、サプライズ」と2人をなだめ、念願だった秋田犬の飼い主になった。
力強いリーダーのように育ってほしいと願って命名した力だが、「お姉さん」のはなと夢々のそばで育った影響もあってか、性格は愛嬌(あいきょう)のある弟タイプ。
いたずら好きでゲージの鍵をかじって壊したり、布団をボロボロにしたりして、夢々にほえられることもしばしばだ。夫婦がシュナウザー2匹を連れて出かけようとすると「クーンクーン」と鳴き、さみしがり屋な一面もある。それでも人や他の犬にやみくもにほえたりしない「優しい性格が力のいいところ」と、悦子さんは目尻を下げる。
自宅の周辺に日本庭園やテラスを整備しており、歴代の愛犬の遊び場になってきた。力も朝昼晩、自由に駆け回る。特に雪が大好きで喜んで新雪に頭を突っ込む。休日は悦雄さんが力を市内の海水浴場や公園に連れて行く。小学生の時に秋田犬と思い切り遊んだ記憶がよみがえり、喜びを感じるという。
今月25日で2歳になる力はかわいい盛り。「力には『俺より先に死ぬなよ』という気持ち。健康に過ごしてほしい」と悦雄さん。悦子さんも「私たちの年齢的に、おそらく最後の犬になると思う。自分の子どもと同じような感覚で付き合っていきたい」と、力の背中に優しく手を添えた。