かつて写真集のモデルとなり、秋田県内の観光イベントで愛らしさを振りまいていた秋田犬の兄弟・ゴン太(雄、5歳)と寅次郎(雄、4歳)。2匹が暮らす湯沢市は今、記録的な大雪に見舞われている。新型コロナウイルスの影響で人と触れ合う機会も減り、寂しい思いをしていないだろうか。同市山田地区を訪ねた。
湯沢横手道路を湯沢インターチェンジで降り、車を10分ほど走らせると山田地区が見えてくる。取材した日は雲一つない快晴。田んぼを覆う雪に太陽が反射してまぶしい。
飼い主の佐藤重之さん(52)宅に着くと、ゴン太と寅次郎に加え、もう1匹の秋田犬が元気よく出迎えてくれた。昨年1月に生まれた雌で、名前は紅(こと)。2匹の妹として育てている。
イベントに参加する機会がなくなった今、3匹は毎日のんびり過ごしているという。30分~1時間程度散歩するのが日課。この日は散歩に同行させてもらった。
散歩コースの両脇には、寄せられた雪が壁のようになっている。雪が大好きなゴン太は、我先にと雪壁を登り始めた。それを見た寅次郎も後を追ってよじ登る。一方、紅は「我関せず」と知らん顔。そんな様子に思わず頬が緩んだ。
重之さんによると、ゴン太はおっとりしていて、寅次郎は甘えん坊。紅は2匹より一回り体格は小さいが、おてんばな性格で「3匹のトップ」に君臨する。自身も3人の子どもがいる重之さんは「なんだかうちの3きょうだいと、それぞれ似たものを感じます」と笑う。
佐藤家に最初にやってきたのは、生後間もないゴン太。当時高校生だった次女・直(なお)さん(23)が、同級生から「知り合いが秋田犬の子犬の引き取り手を探している」と聞いたのがきっかけだった。
もともと犬を飼いたいと思っていた直さんは「この上ないチャンスが巡ってきた」と感じた。姉の結さん(28)と兄の凌さん(26)に相談し「いったん犬を預かる」という名目で引き取り、両親の了承を得たら飼い始めるという作戦に出た。
重之さんは「亡くなったときのショックが大きいから」と最初は飼うことを渋っていたという。妻の美代子さん(55)はそもそも動物が苦手だった。しかし、ゴン太と一緒に暮らすうちに、2人ともその愛らしさにすっかり魅了された。直さんの作戦は成功し、ゴン太は家族の一員となった。
約1年後、ゴン太の弟犬が生まれたと連絡が入った。家族で「1匹だけじゃさみしいかも」と話していた矢先。今度は家族全員が大賛成で2匹目の寅次郎を迎えた。
当時、寅次郎は生後3カ月でやんちゃ盛り。「トラは何もかも初めてだからはしゃぎまくって、ゴンちゃんも『何だこの犬?』という感じで構っていた。最初から仲良しでしたね」と直さん。
重之さんは、3匹の秋田犬の存在について「私が仕事で帰りが遅くなると家族から『ゴン太たちの散歩はどうするの』って言われるし、出掛けたら散歩の時間までに帰らなきゃと思う。犬を中心に生活が回っている」と語る。
犬たちと幸せに暮らしているからこそできた夢もある。
「いつか自分が持っている農地にドッグランを作るのが目標。犬を通じて全国にたくさんの仲間ができた。そんな仲間たちが犬と一緒に集まれる場所を、湯沢に作れたらいいですね」
写真集「秋田犬 ゴンとトラ」 兄弟を一躍“有名犬”に
ゴン太と寅次郎の写真集が出版されることになったきっかけは、2017年ごろから直さんが「軽いノリで」2匹の様子を写真共有アプリ「インスタグラム」に投稿し始めたことだった。
玄関で気持ちよさそうに寝そべる様子や、大好きな自動車の窓からうれしそうに顔を出す様子…。仲の良さが伝わる2ショットは瞬く間に多くのファンを獲得した。ついには東京の出版プロデューサーの目に留まり、18年に講談社から「秋田犬 ゴンとトラ あきたけんじゃないよ あきたいぬだよ」のタイトルで出版された。
写真集を機に2匹は湯沢市の“有名犬”となった。同年には市観光物産協会の「観光物産大使」に就任し「犬っこまつり」や道の駅でのイベントなどに引っ張りだことなった。
重之さんが印象深いのは、秋田市の秋田港にクルーズ船が寄港する際の出迎えイベントに参加したときのこと。特別に船の中に招待してもらい、乗船客と交流を楽しんだという。
昨年来、新型コロナウイルスの感染拡大で、これまで参加していたイベントは軒並み中止になった。重之さんは「イベント中止はとても残念。ゴン太たちも以前ほど人から触ってもらえなくて、物足りないみたい」と話し、コロナ収束を心待ちにしている。