秋田犬保存会「本部展」って、どんな催し? 秋田犬らしい秋田犬を競う長い一日を追ってみた

  • 2021-05-18
  • 2021-05-21
  • NEWS
  • 13286view

秋田犬保存会(本部・秋田県大館市)が年2回開催している「本部展」。まさか絵画や写真のように、ずらりと並んだ秋田犬をただ観客に見てもらう会というわけではないだろうと予想はできても、初めてその言葉を聞く人には、それがどのような催しなのかは想像しにくいのではなかろうか。5月3日、大館市で2年ぶりに開かれた第143回本部展の様子を追ってみた。

2年ぶりに大館市で開かれた秋田犬保存会の本部展。県内外から140匹を超す秋田犬が集結した

秋田犬保存会が目指しているのは、秋田犬を「本来の姿」で繁殖させ、未来へと受け継ぐことである。元々はマタギと共に獲物を追う狩猟犬だったが、藩政期以降、闘犬として土佐犬などとの交配が進められ、本来の姿を失いつつあった。

それを憂い、純粋な秋田犬を残そうと考えた大館の愛好家が1927(昭和2)年に「秋田犬保存会」を立ち上げた。38(昭和13)年には、将来に残すべき秋田犬の姿を定めた「秋田犬標準」を制定。細かい内容は時代とともに修正されてはいるが、本部展、そして各地で行われる支部展は、それぞれの秋田犬が、いかにこの「秋田犬標準」に近い形で育てられてきたかを競うコンテストとして長年繰り広げられてきたのである。

秋田犬標準では、例えば体高(肩甲骨の直後から前脚の足元までの高さ)は雄が2尺2寸(約67センチ)、雌は2尺(約61センチ)と定められ、誤差は1寸(約3センチ)しか認められない。ほかにも秋田犬の特徴とされるピンと立った耳、太く丸まったしっぽ、毛色や毛の長さなども細かく定められている。

今回の本部展で審査長を務めた齋藤晃さん(58)=千葉県市原市、自営業=は「チェックするポイントは全部で200カ所ぐらいある」と話す。中でも評価が割れやすいのが「本質とその表現」という項目だ。落ち着き具合、威厳、精悍さ、素朴で飾り気のない雰囲気などが問われるが「その時の犬の心理状態やコンディションに大きく左右される。午前中は高評価だった犬が午後になって評価を落とすこともあれば、その逆もある」のだという。

時折雨が強く降る中で行われた開会式

午前8時ごろ、開会式までまだ1時間あるというのに、会場である大館市の桂城公園の駐車場は関係者の車で埋め尽くされていた。会場の一角には、数多くの秋田犬を出陳する犬舎のテントが並び、本番に向けた準備が着々と進められていた。

この日は開会式が終わるまでは断続的に雨が降り続くあいにくの天気。足元が悪く、犬を汚さないようにと抱きかかえながら移動する飼い主の姿も見られた(重くて大変そう)。開会式を終え、審査が始まる頃には雨がやみ、日差しものぞくようになったのは幸いだ。

第一審査の様子。会場内に6個の円が描かれ、主にその中で審査が進められた

審査は、年齢に応じて六つに分けられ、さらに雄雌別の計12部門で行われる。

成犬A 4歳以上
成犬B 2歳6カ月以上4歳未満
壮犬  1歳6カ月以上2歳6カ月未満
若犬  10カ月以上1歳6カ月未満
幼犬A 8カ月以上10カ月未満
幼犬B 6カ月以上8カ月未満

午前中に第一審査(個体審査)、午後に第二審査(総合審査)が行われる。

第一審査では、6人の審査員がそれぞれ2部門を担当(担当は開会式にくじ引きで決定)、それぞれの犬を秋田犬標準に照らし合わせながら100点満点で次々と採点していく。1人の審査員が引き受ける数は各部門の参加匹数にもよるが、20~30匹ほど(規定では、1人の審査員が担当できる上限は40匹と定められており、それに必要な審査員を用意する)。

1匹の犬の審査にかける時間は3分前後。齋藤審査長は第一審査には加わらず、会場全体を見渡しながら他の審査員に助言したり、どの犬が優秀かを見極めたりしている。

専用の器具を使って体高を確認。あっという間に終わる

審査の流れとしては、最初に専用の器具を使って体高を確認する(成犬のみ)。ほんの1、2秒で終わってしまうのには驚かされた。

飼い主たちは、犬が良い姿勢を保つよう、常に気を配っている

続いて審査員がさまざまな角度から犬を観察し、採点していく。その間、飼い主(もしくは出陳を担当する代理人)は、犬を落ち着かせようとなでたり、リードを引き上げて良い姿勢を保とうとしたり…とにかく、少しでも審査員に良い印象を持ってもらおうと必死だ。

歯並びは大丈夫? この時ばかりはほかの人の手も借りる。これも犬が嫌がらないよう手短に行われる

一通り審査が終わると、続いて口を開けて歯並びを確認する。基本的に飼い主1人で秋田犬をリードするが、歯並び確認の時だけは他の人の手助けを受けることになる。最後に歩く姿を確認する。

歩く姿を確認して第一審査は終わる

3分というのは、この日のために毎日一生懸命世話をしてきた飼い主にとってはあっという間かもしれないが、犬にとっては決して短い時間ではないだろう。どれだけ落ち着いて審査を受けられるかという点でも、秋田犬としての質を評価されることになる。

審査開始前や審査中に脱糞する犬を結構見掛けた。観察していると、自らの糞をまき散らして係員を困らせる犬(会場内に落ちている糞は係員が速やかに処理する)もいれば、豪快に脱糞した直後に「え? 私が何かした?」と言わんばかりに落ち着き払った様子で審査に臨む雌犬もいる。「マナーとして会場に入る前に済ませてきてほしいが、大勢の人に囲まれて緊張のあまりということもあるだろうから仕方ない」と齋藤審査長。審査には直接影響しないという。

第二審査では、同じ部門の出陳犬が一堂に会し、序列が付けられる

午後からは第二審査が行われる。幼犬B雌→同雄→幼犬A雌…と、若い犬から順番に審査が進められる。第一審査を担当した審査員を中心に、齋藤審査長を含む7人の合議でそれぞれ序列を決める。多くの秋田犬がずらりと並ぶ姿は壮観だ。体格や毛質など外見の評価は第一審査の結果に対して異論が出ることは少ないが、犬の心理状態が結果を左右する「本質と表現」については、評価が変わることもあるという。

犬のリードには、あらかじめ決められた出陳番号が書かれたワッペンが付けられている。審査員の話し合いがまとまり次第、成績が上位の犬から順番に番号を呼ばれる。参加匹数が多く、より細かい比較が必要な場合は、互角と思われる数匹を抜き出し、改めて審査することもあるが、その場合も、一番優秀な成績を挙げた犬が真っ先に呼ばれることに変わりない。「11番!」「25番!」という審査員の歯切れのいい声が響く瞬間、会場の緊張感は最高潮に達する。

審査員に呼ばれた犬は、大会本部のテント前に成績順に並んで待機する

第二審査では基本的に、出陳犬全てに序列をつける。成犬は「特優」「優秀」「準優」の3段階評価、それ以外は「優秀」「準優」の2段階評価を受けた上で、成績順に「特優1席」「優秀15席」などと評価される。今回の本部展では「準優」と評価された犬は1匹もいなかった。「本部展に出てくるような犬は、『準優』と評価されてしまう秋田犬らしくない犬はまずいない」と齋藤審査長。

ただし、上位に食い込めなかった場合に途中で審査を棄権するケースも少なくない。今回の本部展では全部で171匹がエントリー。そのうち参考招待犬など審査対象外の犬や当日欠席した犬を除いた135匹が審査に臨み、途中棄権することなく評価を受けたのは105匹だ。

成犬B雌部門で最優秀の「特優1席」となり、内閣官房長官加藤勝信賞を獲得した「天照女」

途中棄権した犬以外の全ての順位付けが終わり、確認が済むと、担当審査員が手を挙げ「決定」と宣言、審査は確定する。その直後、本部席からマイクで、「ゆうしゅーいっせーーーーき! 44番」などと独特の節回しで結果が発表される。成犬Aを除く全ての部門で、最も優秀な犬(優秀1席、もしくは特優1席)には大臣賞が贈られた。今回は、幼犬A雌の優秀1席に「行政改革担当大臣河野太郎賞」、壮犬雄に「環境大臣小泉進次郎賞」といった具合だ。

成犬Aだけは雌雄同時に審査が行われる。雌雄ごとに序列を決めるが、雌雄合わせて、最も高い評価を受けた犬に「内閣総理大臣菅義偉賞」が、2番目の犬に「財務大臣麻生太郎賞」が贈られた(今回は2匹とも雄が選ばれた)。
それとは別に、秋田犬保存会が特に優秀と認めた犬に「秋保名誉章」が贈られる。名誉章は1度の本部展で数匹選ばれることもある(昨年12月に大阪府で開かれた第142回本部展では、雄1匹、雌4匹を選出)が、今回は1匹も選ばれなかった。

齋藤審査長は、「審査では、雄は雄らしく、雌は雌らしく見えることも重要だ。秋田犬について詳しくない人が見ても、雄は『大きい』『強そうだ』と、雌なら『きれい』『かわいい』と思ってもらえるのが一番。飼い主にも、一般の人に親しんでもらえるような秋田犬を育ててほしい」と話していた。

例年であれば、昼休みに会場にシートを広げ、出陳者たちが昼食を共に楽しむ姿が見られるとのことだが、新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中での2年ぶりの大館での本部展開催とあって、感染防止策は徹底されていた。関係者はもちろん、一般観覧者も入場時に体温チェックを受け、「検温済み」というシールをもらって体に貼り付けることを求められたほか、他の人と一緒に食事を取ることも一切禁止された。さらには、昼食を取るための休憩時間は一切なく、第一審査終了後、参考招待犬の披露や仔犬供覧を終えると直ちに第二審査へと突入。例年より2時間ほど早く午後3時には全ての審査が終了した(お陰で筆者は8時間飲まず食わずだった)。

「飼い主たちは1年365日欠かすことなく世話を続け、聖地・桂城公園で良い結果を出そうと努力を重ねてきた。本部展は決して不要不急の催しではない。そのためにも、絶対にコロナ感染者は一人も出さないという覚悟で今回の本部展に臨んだ」と秋田犬保存会の遠藤敬会長は強調する。今はこれで仕方ないだろうが、早くコロナ禍が収束し、従来通りに落ち着いて秋田犬の勇姿を楽しめる日がくることを祈らずにはいられない。


<秋田犬標準について> 

※参照:秋田犬保存会定款

【本質とその表現】
・沈着剛毅で威厳があり、精悍
・素直で忠実
・飾り気のない品位と素朴感
・視覚、聴覚、嗅覚などの感覚が鋭敏
・動作は鷹揚な中にも敏捷性を備える
【外貌】
・体の各部分が正確に構成され、均衡を保つ
・骨格は強健でゆるぎなく、筋肉や腱、靱帯などがよく発達している
・皮膚はたるみなく引き締まっている
・体高は雄2尺2寸、雌2尺が標準。許容範囲は上下各1寸
・体高と体長の比率は100対110
【頭】
・頭骨は大きく十分に発達し、頭蓋の頂きはやや平ら
・額は広く、しわがない
・頬に張りがある
【首】
・太く大きく、たくましさがある
・皮膚がよく引き締まり、適度な角度で起立する
【耳】
・三角形で適度に前に傾いている
・頭部との調和が取れた形状
・直線的に力強く立つ
【眼】
・やや三角形をした奥眼
・眼の色は濃茶褐色
【口、鼻】
・直線的な鼻筋
・良く引き締まった唇と口角
【歯牙】
・強靱で、正確なかみ合わせ
【胸腹】
・良く張った肋骨
・前胸部が良く発達し、腹部は適度に引き締まる
【背腰】
・背線が直線的
・強靱な腰
【前肢】
・肘より上が適度な角度を持って良く発達
・肘付きが正確
・肘より下は直線的で太く強い
・大きく厚みのある足
・足の指がしっかり握られている
【後肢】
・良く発達しており強靱
・足首に適度な角度がある
・弾力性と敏捷性に富む
・厚みのある足
・足の指がしっかり握られている
【尾】
・足首に届く程度の長さ
・太く力強く巻いている
【毛】
・真っすぐな剛毛
・下部に綿毛が密生している
・尾の毛は他の部分より長い
・色は赤、虎、白、胡麻の4色

【減点】審査で極めて不利になる
・後天的な損傷
・著しい栄養不良
・秋田犬として好ましくない毛色
・欠歯、乱歯、切端咬合
・舌に斑点がある
・著しく軟弱、または凶暴
・その他、秋田犬として特徴に乏しい

【失格】宣告された場合、第二審査に進めない
・先天的に耳が立たない
・先天的に尾が巻かない
・著しく短毛、もしくは長毛
・著しくかみ合わせが悪い
・鼻の色が体色にそぐわない
・睾丸のない雄犬(一つしかない場合も)
・その他、秋田犬の特徴を欠く

>わんこがつなぐ世界と秋田

わんこがつなぐ世界と秋田

モフモフした毛並みに、つぶらな瞳、くるりと丸まった愛らしいしっぽ。たくましい身体を持ち、飼い主に忠実な性格でも知られる秋田犬は、今や世界中の人気者です。海外での飼育頭数は増え続け、本場の秋田では観光振興に生かそうという動きも活発化してきました。秋田魁新報は「秋田犬新聞」と題し、国内外のさまざまな情報を発信していきます。秋田犬を通して世界と秋田をつなぐ―。そんなメディアを目指していきます。

CTR IMG