秋田市で暮らす柏谷和子さん(60)と夫の宏さん(62)は、秋田犬の小太郎(雄、4歳)、冴(雌、2歳)と共に日々を過ごしている。
2匹の朝の日課は、登校する近所の小学生の付き添い。約10分間、学校までの道を一緒に歩く。犬用おやつを子どもたちに放ってもらう“おやつキャッチ”が2匹の楽しみ。上手にキャッチすると子どもたちから「すごい」と歓声が上がる。そんなにぎやかな朝を過ごしてきた。
しかしこの秋、地域ではクマの出没が相次いだ。安全が最優先となり、子どもたちは校門まで車で送られる日が続いている。2匹も付き添いができず、散歩の途中に校門の前でたたずみ、遠くから子どもたちの姿を眺めるだけの日々だ。

クマの存在はごく近くまで忍び寄っている。和子さんは先月、自宅近くで小太郎との散歩中にクマと遭遇した。目と鼻の先のやぶに黒い塊が潜んでいたところ、小太郎が歩みを止めてほえ、遠ぼえをあげて危険を知らせた。クマはやぶの奥に逃げていった。小太郎がほえるまで全く気づかなかったという和子さん。「しっかり番犬をしてくれました」。
2匹が好きな散歩コースの千秋公園も、クマ出没の影響でしばらくは行くことができない日が続いた。
園内にあった売店のソフトクリームが大好物で、おいしそうになめる2匹の様子に、和子さんやお店の人もつい笑顔になったという。
観光客が多く訪れる場所でもあり、写真撮影に応じたり“おやつキャッチ”を披露したりと、旅の思い出づくりに一役買っている。ただし、秋田犬らしく警戒心が強いため、無理に触れようとすればほえることもある。「『あ、秋田犬だ』って、触ろうとどこから手が出てくるか分からない。人にも犬にも何かあってはならないので気を使う。人懐っこい犬に育てなければと思うけれど…。秋田で秋田犬を飼う宿命ですね」と和子さんは言う。

同居していた和子さんの両親が亡くなり、2人の娘も同時期に嫁いで家を離れ、家の中が急に静かになったのをきっかけに2021年春に迎え入れた小太郎。23年秋に新たに家族の一員となった冴。しつけや2匹の関係性で手を焼くことも多い。飼育で問題に突き当たった時は、同じく秋田犬を飼う仲間や先輩たちからアドバイスをもらうという。

夫妻は、2匹のおかげで毎日の生活が豊かになったと感じている。「大変なこともあるが、この子たちが心を柔らかくしてくれる。普通に暮らしていたら出会えなかった人たちとも知り合えた。早くクマの脅威に左右されない日常が戻ってくれればいい」。再び近所の子どもたちと一緒に歩ける朝が来ることを信じながら、今日も散歩に出かけている。