秋田県北秋田市の森吉山阿仁スキー場。山麓駅から山頂駅までゴンドラを毎日往復させる「紅葉営業」初日の１０月１日は、色づき始めた山頂周辺を除き、山腹の木々はまだ青々とした状態。平日とあって客足もまばらだ。
登山客らを出迎えるスキー場の看板犬「北斗」は、１１月末で４歳になる雄の赤毛の秋田犬。トレードマークの巻き尾と立ち耳、三角の目、美しい毛並み、そして堂々たる立ち姿。一昨年の秋田犬保存会（本部大館市）県北支部展覧会・壮犬の部で、見事一席に輝いた、スキー場支配人の吉田茂彦さん（50）＝同市阿仁前田＝の愛犬である。
吉田さんにとって幼いころから犬は身近で、大人になってからもさまざまな犬を飼ってきた。中でも秋田犬への憧れは長い間、格別だった。
同保存会の紹介で、能代市の男性から生後３カ月の子犬を見せてもらったのが2017年２月。「散歩の世話など秋田犬を飼うことの大変さと自分の年齢をてんびんにかけ、飼うのであれば今しかないと決断した」
きょうだい犬４、５匹の中から、最初に抱っこしたのが北斗。「この犬がいいです」と即決した。「運命だったと思う」と吉田さん。
北斗の一日は、朝６時からの散歩で始まる。７時半、吉田さんと共に車で約３０分かけてスキー場へ“出勤”。レストランや売店、事務所などを併設する山麓駅入り口脇に設けられたケージで客を出迎える。
人けのなくなった夕方は北斗の独壇場。帰宅前の３０分、ゲレンデ周辺を吉田さんに付き従って散歩したり、リード無しで自由に走り回ったり。朝起きてから夜眠るまで、文字通り四六時中、吉田さんと一緒なのである。
北斗を飼い始めたときから、吉田さんにはスキー場の看板犬として客に触れ合ってもらいたいという思いがあった。ジャパンケネルクラブ認定の「愛犬飼育管理者」という資格の取得に必要な獣医師の講義を仙台市で受け、県から展示許可を得た。今では北斗目当てで通ってくるリピーターも多いという。
性格は穏やかで従順。人懐こくて、客に触られても特にストレスを感じている様子は見受けられない。半面、他の秋田犬とは反りが合わないようで、特に近所の雄犬とは会う度にけんかになる。
狩猟犬だった時代の本能が騒ぐのか、スキー場に度々姿を現すクマやウサギを散歩中に見つけると、立ち向かっていくこともしばしば。普段、人に向かってほえることはめったにないが、やはり血筋のためか、吉田さんの知り合いのマタギに対してだけは激しくほえ立てるという。
北斗を迎え秋田犬について初めて理解したこともある。日に２度の散歩は便とおしっこをさせるため欠かせないが、それ以外の世話は思っていたほど大変ではなかった。北斗に限ったことかもしれないが、餌代などの費用も、今のところそれほどの負担ではないことも分かった。
何よりの驚きは「私だけに関心を寄せてくれる」（吉田さん）こと。吉田さんの気配を感じられなくなると、途端に落ち着きをなくしたり、しょんぼりしたり。生涯１人の飼い主だけに忠実な「ワンオーナードッグ」と言われる通り、妻や３人の子どもたちとは明らかに態度が違うという。
「休日も趣味のバイクで出掛けるときなど以外は、ほとんど一緒。本当に子ども同然」と吉田さん。目尻を下げながら「いろんな犬を飼ってきたが、秋田犬には小型犬や他の大型犬とはひと味違う魅力がある。秋田犬を飼ってみたいと思う人が一人でも増えてくれれば」とも。
北斗の名前は、古くから旅人の道しるべとされてきた北斗七星が由来。吉田さんは「スキー場の看板犬として、これからもお客さんを明るく照らしてほしい」と願う。
【メモ】「紅葉営業」は１１月１日までで、この間、ゴンドラは毎日運行する。山麓駅からの始発は午前８時４５分、山頂駅からの最終は午後３時半。料金はいずれも往復で中学生以上１８００円、小学生８００円、未就学児無料。「北斗」は基本的にゴンドラの運行時間帯に山麓駅入り口脇のケージに入っているが、吉田さんの休みの日は不在。詳しくは阿仁スキー場ＴＥＬ０１８６・８２・３３１１
