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秋田県大館市泉町の住宅街。開け放たれた玄関の前で、のんびりと日なたぼっこをしているのは秋田犬の「ハチ」(雄、6歳)。約20メートルのリードの一方の端は、広々とした居間の柱につなげている。
飼い主の森川美香子さん(45)=「整体リクラ」経営=によれば、日中は玄関や居間の窓はオープンにしていることが多い。ハチが自由に出入りできるようにとの思いからだ。
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性格は寂しがり屋で甘えん坊。留守中は外で鼻を鳴らすこともあるが、そんなときには決まって隣近所の住人が構ってくれる。散歩に連れ出してくれることもあるし、雨が降ってくれば家の中に入れてくれることもある。
「この辺でハチのことを知らない人はいないぐらい。皆さんからかわいがってもらっている。ハチが来てからご近所付き合いが深くなった」。森川さんの表情がほころぶ。
ハチを迎え入れたのは昨年7月15日。以前の飼い主が世話を続けていくのが難しくなり、近くの酒販店主が一時保護。その話を耳にし、店主に連絡を取った。
元々犬好きで、実家では飼い犬を絶やしたことがなかった。結婚後も犬を飼いたいと思っていたが、義母の同意が得られなかった。
その義母が一昨年亡くなり、以前から関心のあった「飼育を放棄された大型犬」を中心に物色。「自分が助けてあげたい、命をつなぎたい」(森川さん)という一心で、秋田市雄和椿川にある県動物愛護センター「ワンニャピアあきた」を訪ねたこともあった。ハチと出会ったのは、そんな時だった。
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家に来たばかりのころのハチは警戒心が強く、森川さんや家族と目も合わせようとしなかった。外に置いていた犬小屋に近づくと牙をむいてうなることもあった。
新しい環境に慣れてきたのは2週間ほどたったころから。少しずつスキンシップを重ねていくうちに、ハチの心もほどけていった。表情は穏やかになり、食も進むようになった。34キロだった体重はこの1年余りでほぼ標準の40キロまで増えた。
森川家は美香子さんと夫の君武さん(45)、長女(22)、長男(20)の4人家族。ハチを介して家族の会話が増えたことも大きな変化だ。いまの生活は「すべてハチを中心に回っている」(森川さん)。仕事が終われば直帰。恒例の家族旅行も、行き先はハチを連れて出掛けられる場所かどうかを優先して決める。
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ハチの誕生日の8月8日には、市内の菓子店にプレゼント用の生菓子をつくってもらい、家族で盛大に祝福。「本当の誕生日がいつかは分からないが、この日に決めた。『ハチ』の名前は、この日にちなんだ」という。
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日課の散歩は体力が続かず、すぐ電池切れになる。「そこがまたかわいい」(森川さん)。ガールフレンドである雌の秋田犬の家に立ち寄るのがルーティンだ。
「この子に会えて本当によかった。一度は見捨てられたハチに『人間も捨てたものじゃない』と思ってもらいたい」。森川さんは現在、他の保護犬も飼ってみようかと真剣に考えている。
小松信悦さん、篤子さん夫婦と「ごん太」 命の重みかみしめ「本当の家族」
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ハチを一時保護し、以前の飼い主から森川さんへの譲渡を仲介したのが小松信悦さん(71)、篤子さん(62)夫婦=大館市比内町扇田、「小松酒店」経営。小松さんはこの飼い主から、ハチのほかに秋田犬をもう1匹保護していた。虎毛の「ごん太」(雄、9歳)、いまの飼い主は小松さん夫婦である。
小松さんは以前、雑種の老犬を引き取ったことがある。元々一人暮らしのお年寄りに飼われていたが、飼い主が亡くなり、犬が行き場をなくしたという話を聞いて迎え入れる決断をした。
犬が死んだのは飼い始めてから約3年後。その頃にはすっかり情が移っていたため、しばらくの間は寂しさに暮れていた。ハチとごん太を預かったのは、2匹を放っておけないという気持ちだけでなく、犬を亡くした寂しさを埋めたいという思いもあった。
飼育してすぐの頃は、自宅から500メートルほど離れた前の飼い主の家に通って世話をしていた。散歩は朝、昼、夕にそれぞれ40分から1時間。飼い主が変わったという現実を、当初はなかなか受け入れられない様子だったというが、「最近になって、新しい飼い主としてようやく認めてくれた」(信悦さん)。
実家が犬のブリーダーだった篤子さんは、生来の犬好き。対照的に信悦さんは、酒の配達中に尻をかまれたこともあって、犬は苦手だったという。
犬に寄せる思いに温度差はあるが、ハチとごん太を保護したときの心境は同じ。「あのまま放っておいたら、間違いなく殺処分されていたと思う」と口をそろえる。
「かわいくて、かわいくて…。本当の家族のよう」と2人。命の重みをかみしめながら、ごん太との暮らしを楽しんでいる。