「犬を飼いたい」―。その一心でアパートから一軒家へ引っ越し、秋田犬を家族に迎えた夫婦がいる。秋田県東成瀬村の小中学校でそれぞれ外国語指導助手(ALT)をしている、ベン・ルイスさん(31)=シンガポール出身=と妻のスザンヌ・オシェイさん(27)=米国出身=だ。夫婦が「ビッグベイビー」とかわいがるアキ(雄、1歳)は、今や村の誰もが知る有名犬。1月下旬、夫婦とアキに会いに、雪深い村へと向かった。
東成瀬村に入ると、道路の両脇に大人の身長を優に超える“雪の回廊”がひたすら続く。住宅地ではあちこちで住民たちが雪かきに汗を流していた。その一角に夫婦の家がある。
到着すると、にこやかな笑顔でスザンヌさんが出迎えてくれた。その横からひょっこりとアキが登場。すぐさま記者の手をぺろぺろとなめ、足の間をくぐったり、一緒に遊んでほしそうにおもちゃを口にくわえて運んできたり…。あまりの人懐っこさに少々たじろいだ。「アキは人が大好きなの」とスザンヌさん。
「体は大きいけど、まるで赤ちゃんのようでしょう」。せわしなく動くアキを抱きかかえて、ベンさんが笑う。記者がソファに腰掛けると、アキはその隣に寝そべった。背中をなでると、もふもふと密集した長い毛に自分の指が沈んでいくようで心地良い。
夫婦とアキと一緒に、一面銀世界へと散歩に出掛けた。アキは首にベンさんの持ち物の黒いスヌード(筒状のマフラー)を着けている。最近の散歩の定番スタイルらしい。
自宅を一歩出た瞬間から、雪が大好きなアキは大はしゃぎ。道の脇の雪山に自ら飛び込み体を真っ白にするなど、予測できない行動の連続で、夫婦も記者も笑いが絶えなかった。
ベンさんは日本語が話せないが、散歩中に子どもたちが「アキ、おはよう!」と声を掛けてくる。アキは村民と触れ合うきっかけをつくってくれている。
元々夫婦は大の犬好き。ベンさんは祖父母がブリーダーをしていたため、小さい頃から犬が身近だった。スザンヌさんは生家でポメラニアンを飼っていた。
夫婦は東成瀬村へ赴任後、湯沢市でペット不可のアパートに住んでいたが、「犬を飼いたい」という思いが募り、2020年12月に村が管理する一軒家へと引っ越した。
ほどなくして、夫婦は秋田市にあるペットショップに足を運んだ。小さな子犬たちに交じって存在感を放っていたのが、周りより一回り大きい生後7カ月のアキだ。ケージを開けると、アキは「ぼくを連れて行って」とせがむように、ベンさんの服の胸元を口で引っ張ったという。
実はスザンヌさんの希望でポメラニアンを探していたのだが、アキの姿にベンさんは「心を撃ち抜かれました」。
アキを迎えて約1年。新型コロナウイルスの感染拡大で、夫婦は海外にいる家族や友人に会えない状況が続くが、アキがいるおかげで、寂しさは感じていないという。
夫婦にこれからアキと楽しみたいことを尋ねると「全部」ときっぱり。「村内はもちろん、秋田犬の本場大館市にも行ってみたい」と、一緒に出掛けたい場所もたくさんある。
アキは散っていく桜を追い掛けるのが大好きだという。今は雪を思う存分満喫しているが、徐々に近づく春も楽しみにしている。